東京ヴェルディ ビッグフラッグとJ1復帰


今年の優勝はむずかしいかも知れないが、もう降格争いをするような位置は何としても避けたい所。だが、かつての様にJ1で1勝する事は容易ではない。 どのチームも、戦力にそれほどの差はない。 その意味でも「新生 東京ヴェルディ」として、今回のビッグフラッグがひとつの象徴として存在し、より多くの勝利につながる事を期待したい。 弊社の製作スタッフも、「強いヴェルディ」の復活を願って、更に心を込めて製作させていただきました。

読売クラブと奥田選手の話

  かつて、ヴェルディの前身「読売クラブ」に奥田卓良(おくだ たくよし)というディフェンダーがいた。
ラモスさん達と同期(年齢もほぼ同じ)で、日本リーグ時代にレギュラークラスで出場していた。

 実は、この奥田選手は、筆者の小学生以来の友人である。
彼は不幸にして30代後半に、交通事故で他界してしまったが、小学生の頃から良くサッカーをして遊んでいた(遊んでもらっていた・・・というのが正しい)
名門「浦和南高校」(赤き血のイレブンでおなじみ)を出てサッカーの道に進んだが、その存在は残念ながらあまり知られていないようだ。(ディフェンダーという地味なポジションだったせいもあるが・・)
しかし、交通事故で亡くなった際の告別式にはラモスさんはじめ、そうそうたるメンバーが埼玉県蕨市まで訪れてくれて、彼の人望の厚さを物語っていた。

 実は「今度、日本のサッカーもプロ化するよ」と聞いたのは彼からで(当時は読売クラブのコーチをしていたと思う)、それは嬉しそうな顔で話していた。もう17~8年も前の話だ。
今日の日本サッカーリーグ(要するにJリーグ)の隆盛と、ワールドカップ3大会連続出場(当時は彼も私も、夢にも思わなかった。月に行くのと同じくらい、非現実的な話だった)という事実を知ったら、どんなに驚く事だろう。にわかには信じてもらえそうもない。

 小学生の頃から奥田はスポーツ系、筆者は文化系(絵が昔から得意だった)という感じだったので、この流れは必然だった気がするが、縁あって東京ヴェルディさんのビッグフラッグを何度も製作させていただいているが、その度に奥田卓良という隠れた名選手の顔を思い出してしまう。

 30代に入ってからも何度か母校(蕨西小学校)のグラウンドで夕暮れの中、サッカーボールを蹴って遊んだのを思い出す。
「今度、日本のサッカーもプロ化するんだ・・」と言っていた彼の顔は確かに希望に満ちていた気がする。

 メキシコ五輪以来、ずっと暗黒の世界を漂っていた日本のサッカーも、彼のような先人達の努力の積み重ねによって、日本リーグのプロ化があり、そこから中田や俊輔を生み出している。
だが、まさしく「まだまだ発展途上」なのであり、選手もサポーターも、みんなで成長していかなければならない。本番はこれからだ。

 私の夢は「ワールドカップ優勝」を奥田選手に報告する事であるが、果たして叶うのか?
我々サポーターは、信じて応援して行こう。必ずその日は来る。
確かにワールドカップ3大会連続出場しているし、日本のクラブがアジアチャンピオンになる時代が来たのだ。(影山)


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