染太郎代表に聞く


 

だから、百貨店の垂れ幕のデカさを見た時(実際、目の前で見ると、かなり大きいですが)自分のイメージに合ってる・・・って思ったんだと思います。

当時は当然、デジタルプリントなんてものもなく、布にプリントするのは「人の手で」と決まっていた訳です。
だから、職人の腕次第で、仕上がりもスピードも全然違う訳です。

ただ、幸運だったのは、布広告としては最も大きなサイズからこの世界に入ったという事だと思います。一文字1mなんて普通じゃないですよね。
そういう意味では、布の染色と言っても、特殊な世界と言っていいと思います。
普通、10mを超す看板とか旗って、ほとんどありませんでしたから・・・
でも僕らは15~20m位が基本で、10mだと小さい部類、20mを超して、はじめて大きい部類という認識でしたから。

あんな大きなものを、全て人の手で作っていたんですから(染太郎は今でもそうですけど・・・)凄いと言えば凄いですよね。
通常の百貨店の20m幕だったら1~2時間で出来上がります。
掲出当日に製作しているなんて、当たり前の時代でした。

そんな毎日の中で、幕や旗のあり方なんかを日々考えるようになっていました。

 

染太郎を立ち上げたのは?

自分の考える旗や幕を作ってみたい・・・と思うようになり、30代半ば位に独立を決心しました。
とは言っても、当面は百貨店幕の下請けという事でスタートした訳です。
毎日、朝まで幕を染めていました。土日も何もありませんでした。

自分には一つの夢があって、当時発足したばかりの日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のスタジアムに幕をたくさん広げてみたい・・というものです。
当時からスタジアムに通っていた方はわかると思いますが、まだまだ、応援=旗という訳にはいかず、手描き風の横断幕数点とチームが支給するLフラッグレベルのものだったと思います。

 

つづく


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